流動性知能と結晶性知能
心理学では知的な働きを大きく二つに分けて考える枠組みが古くから使われている。流動性知能は、初めて出会う問題に対してその場で規則を見つけ、筋道を立てて処理する力を指す。結晶性知能は、これまでに蓄えてきた知識や語彙、手続きを引き出して使う力である。歴史の年号を答えるのは結晶性、見たことのない図形の並びから次を当てるのは流動性の働きが中心になる。この二つは加齢に伴う変化の仕方も異なり、結晶性は生涯にわたって伸び続けうる一方、流動性は成人期の比較的早い時期にピークを迎えるとされる。
なぜ図形なのか
流動性知能を測ろうとすると、言語や文化に依存しない課題が望ましい。言葉を使った問題は、母語や教育歴の差がそのまま成績差になってしまうからである。図形の系列は、この問題を避けやすい。形・個数・向き・塗りといった属性の変化は、どの言語の話者にも同じように見える。もちろん完全に文化から自由な課題は存在しないが、語彙問題に比べれば背景の影響は小さい。これが、知能検査の中核に図形の推理課題が置かれてきた理由である。
レーヴン漸進的マトリックスという原型
図形推理課題の代表例が、1930 年代に考案されたレーヴン漸進的マトリックスである。図形が並んだ行列の一部が空白になっており、そこに入るものを選択肢から選ぶ。教示がほとんど不要で、問題を見ればやることが分かる設計になっている。この形式は非言語的な推理力の指標として広く用いられ、多くの派生課題を生んだ。ウェブ上で見かける図形の系列問題も、たいていはこの原型の簡略版である。原型が持つ特徴、つまり知識をほとんど必要とせず初見の規則把握を要求する点は、簡略版にも受け継がれている。
解くときに頭の中で起きていること
系列推理を解く過程では、複数の作業が並行して走る。まず図形の属性を分解し、どれが変化しているかを見つける。次に変化の仕方を仮説として立て、それを次の要素で検証する。仮説が外れたら別の属性に注意を移す。この間、途中で立てた仮説を保持し続けなければならないため、ワーキングメモリの容量が成績に強く関わる。複数の規則が同時に動く問題が難しく感じられるのは、保持すべき仮説の数が増えて容量を圧迫するからである。図形推理の成績が記憶課題の成績と相関するのは、この共通の土台があるためと考えられている。
練習でスコアが上がることの意味
同じ形式の問題を繰り返せば、正解数は確実に上がる。属性を分解する手順が身につき、よく出る規則のパターンを覚えるからである。ただしこれを「流動性知能が伸びた」と読むのは慎重であるべきだ。認知トレーニングの効果が訓練した課題を超えて広く波及するかどうかは、長く議論が続いており、波及は限定的だという報告が多い。訓練した課題そのものは上手くなる、しかし別の種類の問題への転移は小さい、というのが現在の大まかな見方である。スコアの上昇は「この課題に慣れた」ことの証拠として受け取るのが妥当である。
測定を自分のために使う
以上を踏まえると、図形推理テストの使い方は自然に定まる。他人と比べたり絶対的な能力の証明として扱うのではなく、同じ形式で繰り返し測って自分の推移を見る道具にすることである。睡眠を削った翌日、集中しづらい時間帯、逆に調子が良いと感じる条件で、それぞれどんな結果が出るのかを記録していくと、自分の状態を読む手がかりが増えていく。Bench の図形推理テストが知能指数を出さず、自己ベストとの差分を前面に置いているのはこの考え方に沿っている。数値の絶対値ではなく、自分の記録の動きに意味がある。