記憶固定化における役割
海馬は新しい情報を一時的に保持し、睡眠中に大脳皮質へ転送する記憶の固定化プロセスの中核を担う。覚醒中に経験した出来事は海馬の CA1-CA3 回路に一時的にエンコードされ、ノンレム睡眠中のシャープウェーブリプルと呼ばれる高周波バースト活動によって再活性化される。この再活性化が大脳皮質のスローオシレーションと同期することで記憶が皮質ネットワークに統合される、というのが有力な説明モデルである。認知テストの学習効果もこのモデルと結びつけて説明されており、テスト後の睡眠は翌日のパフォーマンス向上を支える要因とみなされている。学習後に十分な睡眠が取れないと、この固定化が進みにくく、上達の幅も小さくなると考えられている。
神経新生と可塑性
海馬の歯状回は、成体になっても新しい神経細胞が生まれる場所 (成体神経新生) として研究されてきた領域である。齧歯類では明確に観察される一方、ヒト成人でどの程度起きているかは 2026 年 8 月時点でも見解が分かれている。この新生ニューロンはパターン分離 (類似した記憶を区別する能力) に関わると考えられている。有酸素運動は BDNF の分泌を促進し、動物では神経新生を増やす方向に働くと報告されている。ロンドンのタクシー運転手を対象とした MRI 研究は、空間ナビゲーションの熟達と海馬後部の大きさの関連を示した例としてよく引かれる。ただし、訓練が体積を増やしたという因果の向きまでを一つの研究で断定できるわけではない。こうした可塑性は、認知予備力という考え方を支える手がかりとして扱われている。
ストレスへの脆弱性と保護
海馬はグルココルチコイド受容体を高密度に発現しており、慢性ストレスによるコルチゾールの持続的上昇に対して特に脆弱である。動物を用いた研究では、慢性ストレス下で海馬の樹状突起の縮小やシナプス密度の低下が繰り返し観察されている。ヒトでも PTSD 患者や慢性うつ病患者で海馬体積の減少が報告されている。睡眠不足も海馬の働きを損なうことが知られており、一晩よく眠れなかった翌日は新しい情報の覚え込みが不利になりやすい。Bench のスコアの日間変動にも、こうした海馬の状態変化が関与している可能性がある。定期的な運動、ストレス管理、一定の睡眠スケジュールが、海馬の健康を保つうえで中心的な保護戦略として挙げられる。